生きながら皮を剥がれて

「陰茎(ヴェルジュ)も果樹園(ヴェルジェ)もいまでは私の口から生える、つまり彼の口から、ぱっくり開いた私の胸をかぐわせ、1本の李の木がその静寂をふくらませる」 (『葬儀』ジャン・ジュネ

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上衣のポケットになんの気なしに手を入れると、マッチの小箱にふれた。それは空っぽだった。投げ捨てるかわりに、うっかりまたポケットに納めてしまったのだ。

(私はポケットにマッチの小箱を入れている)

とたんに、いつか、監獄で誰かが囚人に許される小包のことを話題にしたさいに使った比喩が脳裏によみがえったとしても、べつに不思議ではない。

「小包は週に1つしかだめだ。棺桶だろうがマッチ箱だろうが、同じこと。小包ひとつさ」ちがいない。マッチ箱も棺桶も同じことだ。おれはポケットに小さな棺桶を入れているのだ。

最初の原理となる品物、「最初の」棺、推定される冒頭を指し示すにあたり、私は、なぜ「皇子」と言ったのであろうか。父と、王と、あるいは皇帝と言わないためである。私は、この皇子のうちに、既に世継ぎを、後裔、あるいは子供を、それもおそらくは死んで生まれてくる子供を予見している。(『絵画における真理 下』ジャック・デリダ

 

振舞いは瀟洒でなければならない。さもなくば存在に価しない。〈総統〉はいちばん美しい部下を選んで死地へ送り込みのだった。

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(フランス語では童貞をあらわす言葉が二つあることを後になって彼は知った。どちらもしごく真面目なものであるがー"ロジェ"(薔薇)と"プソー"(純粋)という言葉の響きは、まるで少年が刺に護られた薔薇の若木であるかのような印象を与える)

エドマンド・ホワイト『生きながら皮を剥がれて』)

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