私の幻影としての被害者

 

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「わたしはこのセッションのあいだじゅう、ずっと吐き気に耐えていた。
具体的な吐き気じゃなくて、精神的な嘔吐感だ。某婦人というひとはどう見ても危ない人にしか思えなかったし、みんなが某婦人の口から吐き出されるいがいがした言葉のひとつひとつにうんうんとうなずくのが不思議でならなかった。」
伊藤計劃・ハーモニー」
「カケルが眉を顰める。「血と排泄物にまみれて生きるのが女の欲望だと」
「二重人格を描いた作品として読まれてきたが、ドイツのロマン主義者の想像力を掻きたてた自己幻視像(ドッペルゲンガー)、分身の主題は多重人格症との関係でも興味深いところがある」「どんなふうに」シモンが問いかける。「分身現象の基本は私が私を見ること。錯覚や幻覚の可能性を疑いうるのは事後的で、その瞬間に自分を見ているという視覚的信憑は覆しえない。自分の分身を見た者はじきに死ぬと信じられてきたが、第三者に見られたから本人が死ぬわけではない。分身に殺されるという民間伝承も同じことで、本来的な分身性は自分が自分を見るところにある」シモンが反論した。「自己幻視像(ドッペルゲンガー)は脳の器質的障害が原因だという説も最近では有力だけど。脳に障害のある患者の死亡率が高いのは事実だろうし、とすれば分身を見た者は死期が近いという民間伝承も医学的に裏づけられるね」「問題にしたいのは医学的な原因論ではなく、私が私を見るという経験の意味なんだ。・・・私が第二の私の存在を信憑することだ。」
「吸血鬼と精神分析笠井潔 p540より抜粋」

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ワイエス 幻影