人間の蛹ー安部公房の「箱男」を読んで

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マリア・カラスを聴きながら「箱男」を読んだ。

「箱の中は暗く、防水塗料の甘い匂いがした。なぜか、ひどく懐かしい場所のような気がした。いまにも辿り着けそうで、手の届かない記憶。何時までもそのままでいたかった。」箱男Aが段ボールの中に入った最初の感想、まるで子宮を恋しがっている様だなと感じた、アパートの窓の下の見知らぬ箱男に空気銃を向けた事から自身が箱男になり、アパートから失踪する。

面白かった箇所は、以前はカメラマンで生計を立てていた箱男が看護婦の脚を観察する場面「箱暮しをしていると、もっぱら下半身で人間を観察するようになるので、脚には詳しいのだ。脚の女らしさは、なんと言っても、その曲面の単純ななだらかさにあるだろう。骨も、腱も、関節も、すっかり肉に融けてしまって、表面にはもうなんの影響も残さないのだ。歩く道具としてよりは、性器の蓋としてのほうが…、たしかにずっとよく似合う。蓋はどうしても手を使って開けなければならない。だから女っぽい脚の魅力は(この魅力を否定する奴は偽善者だ)、視覚的であるよりも、むしろ触覚的にならざるを得ないのだ。かと言って、いかにも視覚的な彼女の脚が、男性的だというわけではない。引力に逆らいながら、重い荷物を背負いつづけた報いで、男の足は節くれ立ち、めり込んだ関節が横にひろがって、実用本位の歩行機械になる。しかしいくら探しまわっても、彼女の脚には体重を支える努力の跡など、まるで見られない。遠慮なく、しなやかに伸び切った、あえて比較をすれば声変りする前の少年の脚。ふと、歩きくたびれた男の憧憬をさそうもの…たとえば、鳥の身軽さ…引力から解放された自由な歩行感覚。」p74

海の描写も良い「いま水平線のあたりで、ほら、何かが光った。イカ舟が引揚げて来たんだろう。ちょうどそんな時間なんだ。間もなく夜明けだよ。」p136

「現にぼくはこうして書いている。海の臭いが立ちこめている、暗い海岸だ。すぐ頭の上の、脱衣場の薄汚れた裸電球に、小さな虫が煙のようにたかっている。何かのはずみに箱の上に墜落してくると、雨だれのような音をたてるので、思ったより大きな虫であることが分ったりする。」p140

後は女性の描写も秀悦「哀願するように、ぼくを見上げる。両手を胸の前に組み、襟元を持ち上げるようにしながら、重心を前に移しかける。すると、アイロンのきいた白衣の(いつの間に着込んだのだろう?)前が大きく割れた。1番上のボタンしか掛けていなかったのだ。白衣の下は、素っ裸だった。半ば予期したことではあったが、ぼくは不意を衝かれた。白衣の下の裸は、ただの裸以上に、剥き出された感じがする。白衣が、白衣ではなく、生贄の式服に変る。むらなく内圧を受けた、張りのある曲面が、扱いの分らぬ機械のように挑発的だ。細い顎と、下腹部のまるみだけが、不似合い子供っぽい。ぼくは頭の中を探しまわる。他人の鞄の中のように、乱雑をきわめている。傾いた重心を支えようとして、彼女の左足が前に出た。とたんに視野がせばまり、戦闘的な気分になっていた。理由は自分にもよく分らない。」p144

文章が分りやすくてすっきりしているので、読みやすくて楽しかった、安部公房の作品は好きなので、気が向いたら他の作品も感想をアップするかもしれない(確約なし)